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前日譚1

「わし、アークウィッチのクレメンティナ!

みんなからはクレム様と呼ばれて親しまれておるのじゃ!

普段は監獄で魔法実験に勤しんでおるが、ギルドに呼ばれれば、すぐに駆け付けあらゆる仕事をズバッと解決!

爆裂万能アークウィッチ!でも本当は、彼氏とのスイカ割りに憧れる乙女なのじゃ…!!」

 

「クレム様」

 

メイドゴーレムのキュミーちゃんが、声をかけてきた。

せっかく良いところであったのに

 

「なんじゃ」

「なんじゃ、というのはワタクシが言いたいぐらいなんですが」

 

キュミーちゃんが固まっておる。

 

「最近登録したギルドで、キャッチフレーズを考えろと言われてな、こうして考えておる。どうじゃ」

 

机の上の紙に先ほどまでの言葉を書いていた手を止め、椅子から立ち上がり、その紙を見せてみる。

 

「お言葉ですがクレム様、フレーズ、というにはそれは長すぎます」

 

キュミーちゃんのゴツゴツした手が、紙を指している。

 

「…なんと!」

 

たしかに。

 

「どうしよう…」

 

「最後の『爆裂万能アークウィッチ』だけでよろしいかと」

 

「…なるほど!」

 

新しい紙にデカデカとそのフレーズを書き記す。うむ。

 

「素晴らしい!やはりわしにかかればキャッチフレーズなぞ、たあいもないの」

 

早速ギルドに送っておこう。

 

「あの、クレム様」

「なんじゃ」

 

転送魔法を終えると、キュミーちゃんはまだ同じように立っておる。

 

「なんじゃ、ツッコミが目的ではないのか」

「はい、そもそも今日の予定を覚えておいでですか?」

 

はて、予定?今日の仕事はもう終えたし…?

 

「何かあったかの?」

「モキャベリ村に、トカゲを取りに行くと聞いてましたけど…」

 

あ、そうか、トカゲ。

とんでもなく頑丈なバカでかいトカゲが出てきたとかいう話、それを取りに行くんじゃった

 

「そうじゃった!忘れておった!どこじゃった!?」

 

「モキャベリ村です」

 

転送魔法陣の上に立ちながら、荷物の準備をする、といってもいつもの箒だけでええじゃろ

 

「さんきゅーじゃキュミーちゃん、じゃ、行ってくるのじゃー」

 

「お気をつけて」

 

キュミーちゃんのお辞儀を見届けると、わしの目に映る景色が一変した。

 

モキャベリ村の高台にある転送魔法陣は、村から離れていることもあり、最早誰も存在を知らぬのではないかと考えてしまう

本来魔法陣の劣化を防ぐための処置というものがあるべきじゃが…そのための物と思われる建物は崩れ、この位置からも青空が見える。

ま、瓦礫の山しかないこの場所に用はないので、そそくさと外に出よう。

バカでかいトカゲ、というのが凶暴なら、村で話題になっていそうなものじゃが、ここから見るモキャベリ村は、いつものように平和そうじゃ

そんなことを思いながら村を眺めていると、後ろから足音が聞こえてきた。

振り返ると、屈強そうなおっさんがこちらに向かってきておる。

 

「はぁはぁ、お嬢ちゃん、今ここに、背の高い男が、来なかったか?」

 

おっさんは肩を上下させながら聞いてくる。よっぽど急いできたのじゃろうか。

 

「すまんの、わしも今ここに来たところで、誰も見ておらぬよ」

 

「はぁ、そうか、はあ、邪魔したな」

 

というとすぐに走り出しそうじゃったので、声をかけてみる。

 

「ところでお主はモキャベリ村の住人か?バカでかいトカゲの話を知らぬか?」

 

「はぁ、トカゲ?ああ、教会で話題になってるやつだな」

 

「お、知っておるのか!しかし教会じゃと?」

 

「行けば分かるんじゃねぇか?すまねぇな、オレは急いでるから、案内はできねぇが」

 

「よいよい、散歩と思って少し歩いてみるのじゃ、こちらこそ邪魔してしまったな」

 

わしは村の教会へと歩き出し、おっさんは別の道へ走っていった。村の外へ出るのじゃろうか。

 

それにしても、バカでかいトカゲ、というのは例えであって、つまりそれは倒すべき化物じゃと、話を聞いたときには思っておったんじゃが…教会にいるということは、化物じゃないのか…いや、話題になっておるだけでやはり化物じゃろうか、であれば急いだ方が良いか

わし自身に速度上昇の魔法をかけ、高台から回り込む形になっている道を走り、村の教会へとたどり着く。

 

教会の前には、人だかりが出来ておるが、その人だかりの奥に、何かバカでかい得体の知れないものが存在しておる。

 

あれがトカゲということか…?

 

大の大人の、倍ぐらいの高さがあるではないか…教会の二階の窓がここから見えん…これは期待できるのじゃ!!

 

人混みをかき分け、トカゲの前に移動すると、幾人もの男たちが、トカゲを移動させようとしておるのが分かる。

しかしその様はほとんど、岩を動かそうとしているような印象じゃった。

人だかりができているのはこのせいじゃったか

 

「すまんすまん、失礼するぞ、お主ら、そのトカゲが邪魔で動かそうとしておるのか?」

 

甲高いわしの声が突然上がったせいか、周囲の注目を集めるのが分かる。

というか、近くで見てもトカゲだと分からんな、ダンゴムシのように丸くなっておることもあって、正しく岩のようじゃ。

 

「そうなんですよ、教会の前で邪魔で仕方なくて、トビラを塞いでしまってるんです」

 

神父様らしきものが、男たちの間からこちらに出てきながら、言う。

 

「わしはギルドの要請でこいつをどかすように言われたアークウィッチじゃが、一先ず任せてもらえんか?爆裂魔法でどかして見せるのじゃ!」

 

そう言いながら、人だかりを捌けさせる。

 

さて、では段階を踏んで、まずは小型の爆弾から試してみようじゃないか

 

岩のようなトカゲの周りに6個ほど爆弾を起き、着火させた。

 

バチバチ!と連続した破裂音が轟く。

見守っておった人だかりから、悲鳴が聞こえるが、案の定トカゲの様子は変わらない

ふむ、この程度ではビクともせんか、では次はどうじゃろうか

 

中型の爆弾を同じく周囲に6個起き、着火させる。

 

今度はズドン、という内蔵に響く音が連続で鳴り、よりいっそう周囲を驚かせた。

しかしやはりトカゲはビクともしていない

 

よしよし、ではいよいよ大型に、さらに着火に爆裂魔法を加えよう…

 

「お、おい、アンタ…」

 

準備をしていると、後ろから声がかかる。

振り返ると、先程の神父が慎重に近づいてきていた。

 

「さっきからものすごい音と衝撃だが、大丈夫なのか!?」

 

「大丈夫じゃ!わしは爆裂魔法が大得意で、対策も万全なんじゃ!わし自身がこの程度の魔法で傷つくことは有り得ん!」

 

「いや、アンタのことじゃなくて、周りとか、そもそも教会そのものとか…」

 

よく見れば周りにはもう神父しかおらず、皆建物の中に、あるいは遠くへ逃げているようじゃった

 

「なんじゃ、せっかく人が善意でこの邪魔な化物をどかそうとしておるのに…」

 

大型爆弾6個をセットして、魔法の詠唱を始める。

これでこの化物が無傷なら、いよいよわしの自爆魔法完成の足がかりになるのじゃ…

 

地響きのような音と、内蔵に響く爆音が入り混じる音の暴力が、周囲を浚う。

衝撃波で、さすがのわしも目を瞑るしかないが、薄目から覗く光景は、爆発の影響を受けても変わらなかった。

ついに、ついにやった!見つけたんじゃ!!

 

 

 

 

 

「と思っておったのに、目の前からそのトカゲは消え、教会は吹き飛んで更地になっておったんじゃ」

 

ギルドのスタッフに状況報告に来たわしは、淡々と状況を説明する

 

「そんなわけで、そのトカゲは引き続き探したいので、続報があったら教えて欲しい。そしてお金になる仕事も教えて欲しいのじゃ」

 

自爆魔法用の素材は取り逃すし、教会も建て直さなければならんし、なんとも大忙し…というかお金が足りないのじゃ…

 

「なるほど、分かりました」

 

ギルドスタッフは書類を書き終えると、そう言って席を立った。

 

「あ、そういえば…そのモキャベリ村の方で、お仕事の提案をしてくれる人がいましたわ、お会いになられます?」

 

教会に関わる者でなければ良いなぁ、などと思いつつ、しばらくこのギルドにお世話になることを、決意したわしであった。

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