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前日譚2

ギルドと聞いて胸躍らない冒険者などいないだろう。

金と情報と仲間の集うコミュニティーは命を危険に晒す無頼漢にとっても心の拠り所である。

 

ある者は名を挙げるため、またある者は富を得るため、各々が胸に抱いたものを求めてそこへやって来るのだ。

 

また、自分たちの手では解決できない問題を抱えた貴族や商人が駆け込むことだって多々ある。

 

究極にして最強の何でも屋と呼ぶに相応しい。

 

ドブさらいからドラゴン退治まであらゆる仕事をこなす。もちろん、それに見合った報酬が必要となるがそれはモノを売って生計を立てる商人だって同じだ。

自分の技術と知恵と勇気を切り売りするのが冒険者である。

 

だから「この街のギルドはどこかと?」尋ねれば必ず答えが返ってくるのだ。知らないとすればそいつが旅人か、あるいはモグリか、どちらかに違いない。

 

大斧を布に包んだ髭面のドワーフに

 

何故かヒールの靴を履いたプリーストに

 

見るからにならず者といった風体のシーフに

 

そんな3人が堂々と往来を歩いていても「あぁ、ギルドへ行くパーティか」と大抵の人は納得する。

 

「おい、エル」

 

ドワーフは上機嫌に歌うシーフへ声をかける。
そろそろ壊滅的な音痴に耐えられなくなったようだ。

 

エルは注意されるのは御免だとばかりにサッと口元を布で覆って姿勢を正す。

歌の代わりに鞘に入ったナイフを何本も取り出して大道芸をはじめた。

 

ひょいひょいと空中で踊っているのは全部、エルのコレクションだ。
金銭に無頓着で収集癖があるから本当はシーフに向いていない。

 

「ベルフィナからも注意してやってくれないか」
「よろしいんじゃないでしょうか?」

プリーストのベルフィナは大きな尻を揺らしながら微笑む。
エルの手遊びをしっかりと楽しんでしまっているようだ。

 

「ゴルヴィーはこうして武器を運ぶときは気を使っている」
「これは武器じゃなくて道具さ」

大斧で街行く人が怯えないように布に包んで隠している。
ドワーフのゴルヴィーはエルにチクリと反論されて嘆息した。

 

エルのご自慢のコレクションで敵を刺すことはないだろう。
木を削って道具を作ったり、果物を切り分けたりすることはあった。

 

「アンタは気を遣いすぎなんだ」
「それの何が悪い?」

 

自分の基準で考えているエルを咎めても仕方ない。
けれど裁縫や菓子作りが好きなゴルヴィーは妙に母親くさい。

 

髭面の厳つい外見からは想像もできないだろう。
そのことをエルもベルフィナも指摘しなかった。

 

かといってパーティの空気が気まずくなることもない。
今は懐も温かいし余裕がある。

 

「別にギルドに行かなくてもいいんじゃないか」
「蓄えられるときに蓄えておくべきですよ」

 

ベルフィナの堅実さにエルはやれやれと肩をすくめる。
合理的な彼女はパーティの財布を任されていた。

 

金銭感覚とセンスに欠けるエルと数字に弱いゴルヴィー。
この2人に財布を握らせれば路銀は3日ともたない。

 

「それにしてもいい天気ですわ。ここは占いでもひとつ」
「往来で歩きながら占うなんて聞いたことがないぜ」

 

風に聞くわけでも、神に祈るわけでもない。
そんなベルフィナの適当な占いの結果を聞きながら一行は進む。

 

しかし、ギルドはいつまで経っても見えてこない。
エルは手遊びをやめて失策に気付いた。

 

方向音痴のゴルヴィーを先頭に歩かせていたのである。
ベルフィナは間違った方向に歩く彼を止めたりしないだろう。

 

「あー、ダメダメ。そっちじゃなくてこっち。先頭変わって」
「あいさ」

 

いつのまにか通りを1本外れていた。
こういうとき意外とゴルヴィーは素直に従ってくれる。

 

今度は小柄なエルが先頭を歩いた。
右も左も露店や商店が並んで大勢が行き交う。

 

ジャガイモの並んだ店に金物を取り扱う店。
籠に入った鳥がいる店に巻物が積まれた店。

 

人間種族にエルフにドワーフに。
たまに小型の竜を連れた者も。

 

見失わないようにとベルフィナとゴルフィーが続く。
やはり冒険者は目立つのかジロジロと見られていた。

 

服飾店の前で立ち止まってレースの服を眺めるゴルヴィーを引っ張り、
すれ違いざまにベルフィナの大きな尻を撫でた男の後頭部に石を投げつける。

 

エルの小さな仕事はそれくらいだった。
こうして、いつのまにかギルドの目の前までやって来る。

 

わざわざ古代文字で書かれた看板と分厚い樫の木の扉。
そこからむせるような冒険者の臭いが漂う。

 

鉄と埃と酒と……
混ざり合ったそれは懐かしさすら感じた。

 

「さて」
「うむ」
「いきますか」

 

この先に金と情報がある。

 

まだ見ぬ仲間がいる。

栄光も挫折もある。


ギルドの扉は開かれた。

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