![](https://static.wixstatic.com/media/3c57572e96ba439bbf9c6badc4337c66.jpg/v1/fill/w_1920,h_1280,al_c,q_90,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E3%83%8F%E3%83%AD%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%A8%E8%A3%85%E9%A3%BE.jpg)
前日譚3
「まぼろしとう?」
酒場で昼間からワインを飲むシャールカに、タバコを吹かしながらリュミカスが返した。
「そう、そのまんま、幻の島で、幻島。一度は地図に記載されるぐらいになったのに、後の調査で存在が否定された島ってのがあるんよ」
シャールカがワインに少し口をつける。
恐らく幾度となく説明してきたのだろう、口調が澱みない。
「そういう存在が否定される島ってのは、大なり小なり結構あるもんらしいんだけど、地図に載るほどってのは珍しかったりしてね」
ワインの瓶をどかして、シャールカが机の上に地図を広げ始める。
畳まれていた地図は、かなり古く、ワインとチキンステーキがある机とはいえ、はみ出すほどの大きさだった。
「ボロッボロだなおい」
リュミカスが広がった地図を擦る。
端や折り目に破れや穴があり、文字もかなり読みにくくなっている。
しかし、紙はどうやら上質なもののようだ。
「そもそもそういうもんが載ってるってことは、古い地図なわけ。だからこれも、300年前とからしいんだけど」
「300年ねぇ…」
頬杖をつきながら、リュミカスは改めて地図を見つめる。
大陸の西にあるこの街より、更に西にある海岸が描かれているようだ。
海岸の方にもスペースが割かれ、大小様々な島が描写されている。
このどれかが、実在しない島だとでも言うのだろうか。
「海の近くに行かなきゃいけない仕事ってこと?」
リュミカスがシャールカに尋ねる。
何か文句でもありそうな口ぶりだ。
「いえ、そういうことではなくて。今この地図職人を追っててね」
地図の端、ワインの瓶の近くに、シャールカが指を運ぶ。
『クレメル地政学研究所ゲラルト・クレメル』との表記がある。
「ゲラルト・クレメル」
「知ってるの?」
淡々と説明してきたシャールカが、少し驚いた表情をする。
「知らない。でもこの街にいるってことは、オレが聞いてる可能性もあるかと思ってね」
リュミカスがチキンステーキを頬張った。
「そう、有名人なのかと思ったのだけれど…ま、話の続きをするわ」
そう言うとシャールカは、また澱みない口調で話し始めた。
今は亡き親友が、その幻島に仕事で行くと言って、行方知れずになったこと。
親友の形跡を追って、たどり着いたのがこの地図だったこと。
その情報を得るために、かなり危険な目に遭ってきたこと。
チキンステーキを食い終わり、一息ついたリュミカスは、シャールカの話が終わるのに気づくと、またタバコを吸い始めた。
「そんなこともあって、一番命知らずな人って、ギルドには要求したの、そしたらあなたが来たわけ」
シャールカが言って、ワインを飲み干す。
その合間をついて、リュミカスが話し出す。
「ならまず幾つか謝らないとだな、オレは息をするように嘘をつく性質だから、仕方ないんだが、命知らずってのはただのキャッチコピーだ」
シャールカがワインのグラスを机に置いた。
リュミカスが続ける。
「そしてゲラルト・クレメルって人は知らないが、クレメル家ってのは、この街一番の資産家で、オレが個人的に狙ってる獲物でもある」
リュミカスがタバコを灰皿に押し付け、まだ続ける。
「最後に、こんなに落ち着き払ってるが、その危険な目に遭わせるらしい連中に、今囲まれてる」
「それはさすがに私も気づいていた」
シャールカとリュミカスのいるテーブルの周りを取り囲むように、屈強な男たちが立っていた。
その数6人。
そのうちの一人が口を開く。
「恨みはないが、これも仕事でね。二人共死んでもらう」
リュミカスが慌てる。
「はあ?オレも?今ここで話聞いただけだぜ?」
「お前は別の理由だ!」
リュミカスの真後ろにいた別の男が怒鳴る。
「あらま、これはこれは、見知った顔もあるとは思わなかったな、ヤバイ状況だ」
言い終わる前に、リュミカスは胸倉を捕まれた。
「ちょっと、私の仲間になにすんだよ」
シャールカが立ち上がると同時に、右手を大きく振った。
「う、ぐあ」
リュミカスの胸倉を掴んでいた男の頭に、いつの間にかナイフが刺さっている。
「おいおい、まじかよ」
一番驚き声を上げたのは、リュミカスだった。
その一瞬の間に、シャールカはまた右に左にと腕を振っている。
ナイフを投げているのだと、ようやく気付いた。
「さっさと逃げる!」
シャールカが言うが早いか、酒場の出口に駆け出した。
他の5人の身体それぞれに、ナイフが突き立てられていた。
「すげーな、あ、騒がせた分も込みで、お金置いときまーす」
出口傍でお盆を抱える店主のポケットに札を突っ込み、リュミカスはシャールカの後を追う。
「まだまだ危険な目に遭いそうなんで、いったんギルドに戻りましょう」
独り言のように呟くシャールカに、リュミカスが続いた。